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Cervical spine injury

C3,C4頚椎損傷で全身麻痺になったけど、なんとかMTBでトレイルライドのある生活に戻ろうとしているブログ

「感動ポルノ」という世界

「24時間テレビ」を批判か? NHKの「バリバラ」に大反響 (2016年8月28日掲載) - ライブドアニュース

 

24時間テレビの裏で、NHKのバリバラで「感動ポルノ」に対する批判を取り上げていたらしい。

 

概ね世間の反応は、

NHKよくやってくれた」とか

「障害者を特別扱いするのはおかしい」

などかなと思う。

 

でもね、障害も一つの個性とか言うんだったら、その個性で誰かがすごいねって思ったり、俺も頑張らなきゃなって思ってくれたりするんだったら、その役演じなきゃいけないと思うんだよな。

 

何かして、それで誰かが感動してくれる個性なんて滅多にないんだから、ぐっと目をつむって、相手の求めることをやってあげるべき。

 

だってね、普通の人たちが普通に出来ることが、いちいち頑張らなきゃいけなかったり冒険だったりするわけなんだから。

普通の人たちより刺激のある人生を送ってるんだ!って自慢するくらいでいいんじゃないかと思うだけど。

オブラートに包まれたような

まったりとした雨の日曜日の午後、閉まりかけのジムで筋トレ。

 

肩周りと背中を中心に。

MTB乗っているといまの自分に足りないことがよく分かる。

何しろMTBのフロントを上げられる筋力と瞬発力を付けないと、地形に合わせたちょっとしたロールやホッピングが出来ないので、楽しさが全く変わってくる。

 

相変わらず右半身は「オブラートに包まれたような」一皮挟んだような感覚でしか動かない。

筋力付けて解消するのかどうかもわからないけれど、人体実験は今日も続く。

VRでのトレーニングでの効果

これまで不可能と考えられてきた下半身不随の患者が自らの足を再び動かせるようになったVRトレーニングとは? - GIGAZINE

 

最近の成果からすると、根拠は確認できていないけれど臨床的には結果が出ている、という事例が増えてきている。

不完全麻痺の場合、自ら働きかける事が出来るので、試行回数を増やせば少しづつ回復できるということなのかな?

 

 

首にボルトが入っているのにジャンプすること。

f:id:WATASHI51:20160812212541j:image

 

首にチタンボルトとプレートが入ってるのにダートジャンプしてみると、いろいろと分かってくることがある。

もちろん前のようには飛べないのだが・・・。

 

上半身の、特に背中の力がないので根本的な身体の瞬発力がなく、ジャンプの高さは全くでない。スピードとリップの角度次第のいってこいジャンプになる。

 

MTBでジャンプするには踏切でなんらかホップの動作が必要。

なんだけど、自分がホップしたいタイミングでちゃんと自分の身体がホップしてくれるかどうか、不完全マヒの身体だと信用置けないので、テーブルトップになっている安全なジャンプ以外はまさに一か八かになってしまう。

ふじてん馬車道の中盤にあるラダードロップでもどうにも両輪着地が出来なく、前下がりのジャンプで気持ちの悪い思いを毎回している。

リップのタイミングで加重と抜重行って空中姿勢に入る、、、前は意識せずに自然とできていたことが、思いっきり頭に刻み込んで動作しても成功率は半分以下。一つ一つの動作を分析して確実にやっていくことが必要ということ。

もう、ほんとに嫌になるんだけど、人に教えるのはどんどんうまくなってるなー、と思っている。こんなに考えてMTB乗ってる人間はたぶんあんまりいないはず。

VRを使ってのトレーニングで神経系が回復?

VRによる脳トレーニングで下半身不随の患者が再び「感覚」を取り戻し回復への一歩を踏み出す - GIGAZINE

 

これが可能なのであれば、不完全麻痺で少しでも動けていれば、動かし続けている限り少しずつ神経が戻っていくということなのか??朗報?

入院中の思い

野口健 on Twitter: "リハビリやっちょります。少しずつですが体を動かすのは気持ちがいい。入院生活は自分の体の回復だけに専念するわけだから、考えてみるとなんとも贅沢な時間です。 https://t.co/QmV5ijFdRz"

 

頚椎の手術をされた登山家野口健さんの言葉。

「入院生活は自分の体の回復だけに専念するわけだから、考えてみるとなんとも贅沢な時間です。」

いろんな人たちがいろいろと世話を焼いてくれるし、自分を否定されることもない。

あんなに甘えた生活を送れるのは人生で一度きりだろうと思う。

ナースコールを一晩に300回

マルチケアコール RB-780|ケアコム

 

まだ全く身体が動かなかった頃、もちろんナースコールのボタンを押せないので、息を吹きかけたり声に反応してくれるマルチナースコールという機械をあてがわれていた。

 

これがなかなかくせもので、大部屋だったので声を出すわけにもいかないので、息を吹きかけて反応するモードにしてもらっていたのだが、なかなかに上手く反応しない。

 

その頃、痰を自分で切る肺活量もなく唾も飲み込めない状況だったので、息も絶え絶えになってナースコールをしようとするんだが、どれだけ頑張って息を吹きかけても、反応しない時は全く反応してくれない。10分くらい格闘してやっとポーンっとランプがついて、看護婦さんの声が聞こえた時はどんなに安堵感があったことか。。

 

2時間に一度、ジュクソウを防ぐために看護婦さんが二人がかりで身体の体勢を変えてくれるんだけど、その度にちょうどうまい具合に息を吹きかけられるようにセンサーのアームを微妙に調整してもらう。その時はちゃんと反応するんだけど、いざ本当に看護婦さんを呼ぼうとするとなぜか反応しないことがほとんどで、どれだけイライラさせられたことか。。

 

そしていつしか、このナースコールで看護婦さんを呼ぶことが麻薬のように常に頭から離れず、何度も何度もダメだとわかっているのに繰り返してしまうことになる。

そして行き着いた先が、婦長さんに言われた、昨日一晩でナースコールの回数300回を超えていたよ、という宣告。

 

冷静になって当時の心の動きを考えてみると、その「ナースコールをすると看護婦さんがやってくる。」ということが、「自分で何かしたら結果が返ってくる」唯一のことだったからだと思う。

当時全く身体が動かなかったので、大きく言えば世の中に働きかけることが全く無く、全てが受け身でしかなかった。

「立ち上がってスイッチに手を伸ばしてオンにしたら電気がつく」とか「リモコンを操作するとテレビのチャンネルが変わる」とか何かをすれば何かが変わる、ということが自分の周りから一切なくなってしまい、唯一のそれがナースコールを使うことだった。

 

この誘惑争うのは本当に難しく、ダメだと分かっていても耐えきれず用もないのにナースコールを押してしまうことの繰り返し。もう5分たったからいいだろうとか、精神安定剤でもうろうとした意識の中で知らないうちに呼んでたりとか、そんなことの繰り返しだった。

 

もう看護婦さんたちにとっては迷惑極まりない患者さんだったに違いないと思う。日々人生は自分の心との戦いなわけだけれど、自分の心の弱さを常に感じ続ける毎日だった。