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Cervical spine injury

C3,C4頚椎損傷で全身麻痺になったけど、なんとかMTBでトレイルライドのある生活に戻ろうとしているブログ

身体が徐々に動き出した頃のこと

救命医療センターでの最後の2週間ほどは、身体に何の進展も無く、タンのつまりとたまに襲ってくる酸素濃度の低下に従う強烈な息苦しさに耐えるだけの日々だった。
ご飯もまったく食べられず、なぜか何度も見た妄想のような夢の方が現実感があって、どうやってすごしていたがほとんど覚えていない。

ある日、夜中になにを思ったのか足の指を動かそうと試みたら、親指が人差し指の横をすれる感覚があった。でも身体を起こせないので自分の足の指を見ることが出来ない。
すぐに看護婦さんを呼んで確認してもらった。そうすると、うごいているよ!とうれしそうにいってくれる。この頃ナースコールを呼びすぎている僕に対して、看護婦さんたちはほとんど感情を押し殺した対応になっていたが、この時だけは声に喜んだ感情が含まれていたので、すごくうれしかったことを覚えている。

救命医療センターから赤十字病院に移り、やっといわゆるPTの先生が付くことになった。
毎日たった15分ほどだったが、今思えばやっとPTらしいPTを受けることになった。

その先生は支えなし座位を取らせることを始めた。
絶対に出来ないと思ったが、数秒であればふらふらとしながらも身体を支えることが出来た。
すぐに起立性低血圧に襲われて、貧血で強烈な頭痛に襲われるので5秒も持たない。でもそれまで2ヶ月弱ベットに縛り付けられていた身体が、すこしだけ重力に逆らうことが出来た瞬間だった。

すぐに頭の重さに耐えられず、どちらかに倒れそうになるのをPTの先生に支えてもらいながら数秒だけ座る体制になる。
なんだろう?そんなに大きな感動はなぜだかない。あ、出来るんだ、と言うだけの印象。

数日すると今度は立ってみようと言い出す。
それは無理だろう、と思ったが、支えてもらいながら膝を伸ばすと、これも数秒間だけなら立ち上がることが出来た。足なんてまったく動いていなかったのに、車椅子から立ち上がる動作をしようとすると、膝に力が入るの分かった。
立ち上がるってどんな動作だったっけ?と頭で考えながら動く。
自分でもどうやってやっていたか思い出せない。

ほぼ1ヵ月半ぶりくらいの立ち上がった印象は、高いな、ということ。
これも大きな喜びはなぜだかなかった。ああ、立てるんだ、というだけ。
立てるようになって良かった!とか全然無い。あるがまま、立てるんだな、と再確認したような。
現実はドラマのようなシーンは起きない。
PTの先生に言われて立つという行為をすることに精一杯、立ち終わってリハ室のベットに倒れ込んだ後は貧血の気持ち悪さにひたすら耐えるのに精一杯。
涙を流して、オレ立った!なんて感情を爆発させている暇なんてなかった。

初めて歩けたときも、初めて走れたときも、箸を使えたときも、感情を爆発させることなどなかった。
はい、出来たんだな、というだけ。超現実主義というのかふーん、という気持ちだけ。
そういうのは後からしみじみあの時立てるようになってうれしかったな、と思い出すだけだと思う。
それか、あの時は本当にうれしかった!とか後から作話してるんだと思う。